ライブハウスを造って終わりではない 東北ライブハウス大作戦の西片明人さんにインタビュー!



皆さん、「東北ライブハウス大作戦」という活動をご存知ですか? 音楽が好きな人、ライブハウスによく足を運ぶ人の間では比較的知名度が高いですが、「東北ライブハウス大作戦」がラ イブハウスを作るだけのプロジェクトだと思っていませんか? 今回私達YOUTHOUGHTが開催するライブは、利益の25%以上を寄付する事になっています。その寄付先の一つとして、東北ライブハウス大作戦にインタビューをしました。

いままで「東北ライブハウス 大作戦」を知らなかった人にもぜひこの記事を読んで欲しいです。

2015年7/23 渋谷区幡ヶ谷 RE:BIRTH STUDIO内 ASTUDIO


― まず、震災から、東北ライブハウス大作戦がスタートするまでの経緯を教えてください



「音響の仕事をずっとしてて、震災が起きて、仲間のバンドマンが物資を運んだりという動きか ら、被災地と言われる場所にライブしに行ったりする中で、仲間のサポートに徹しながら、自 分達に何か出来ることは無いかってずっと考えていた時に、北海道の仲間の SLANG っていうバンドが、宮古でパワーストックっていうイベントを開こうって言った。 俺も宮古は震災前か ら何度か足を運んでいて、仲間がたくさん居たから仲間のバンドとそのイベントに立ち会った んだけど、その時に、自分の強みを一番還元できる事が、ライブハウスを造るって事じゃない かなって思って、宮古の仲間に打診して、『じゃあやろう』ってなったのが始まり。 ライブハウ スで音楽がどうこうって言う前に、ライブハウスで出来た仲間達だったから、そういう、人が集まって『繋がれる』場を造れればってところが合致した。」



― 実際に東北ライブハウス大作戦がスタートして、スタートする前に予想していたこと、考え ていたことと違うなと思ったことは何かありましたか?



「誰もやったことが無い訳だから、答えは無いし、何が正解かもないから、ライブハウスを造る までに関しては、特に予想していたことは無かった。 急いではいたけど、まだ復旧もままなら ない時に― 復旧と復興は違うからさ、復旧もままならない時に娯楽施設を建てるのが果たし て正解か間違いか、その時点では分からない。 動いてもないのに、自分の中でダメ出しは 出来ないの。 それなら最初からやらない方がいいし。 俺は自分の中でやろうって決めて、 行動に移す。 その行動に対しての非難っていうのはいっぱいあるよ。 でも俺は、その非難 で自分がやってる事がまちがいかどうかっていう風には考えないから。 だから、間違いだっ たとかそんな風には一切感じてない。 動いててぶち当たる壁はたくさんあった。でもそれは 当たり前だなと思っていたし、それを変えていかなきゃいけないとも思ってた。 ライブハウス って近隣の住民から、うるさいとか人が集まって、、、とか、苦情の対象になりがちだけど、そ れを敢えてやろうとおもったのは、ライブハウスからそれ以上の何かが生まれるって確信して たから。 俺自身がライブハウスに育ててもらったところもあるし。 あと、よく『いつまでやるの?』って聞かれるけど、それは『いつまで生きるの?』って聞くのと同じじゃない?出来たラ イブハウスへの携わり方は変わっていくかもしれないけど、東北ライブハウス大作戦はずっと 続いていくものだと思ってる。」



― いまの話の中で、「復旧と復興は違う」と仰っていたんですが、具体的な「復旧」と「復興」 の違いはどんなところだと考えますか。



「うーん、、、 君はどう思う?」

― 僕は、電車が開通したり道路などのインフラが整備されて、人が暮らせるようになるのが、 「復旧」で、ライブハウスを含む娯楽施設が出来たりして、人が住みたいと思えるような魅力 をまちが取り戻す事が「復興」だと思います。

「色んな捉え方があると思う。 どこで線を引くのかってところは。 『復旧』と『復興』の違いっ て俺の中では、例えば横断歩道を歩いてたおばあさんがころんでしまった。 それを起こして あげるまでが『復旧』で、そこから起こしてあげて『大丈夫?』『うん、大丈夫』『じゃあ、気をつ けてね。』までが『復興』だと思うの。 その後横断歩道を一緒に渡って、タクシーを拾って一 緒に家まで乗って行ってあげて、お茶を一杯一緒に飲んでから帰る。 そこはどこまで『復興』 なのかは分からないけど、『復旧』はやっぱり起こしてあげることだと思う。 で、それを広げて いくのが『復興』。 そこに線引きをするのは難しいし、少し話を戻すけど、戻らないと思うんだ よ、絶対。」



― それは、震災前の状態に完全には、ということですか?



「うん、戻そうとすることの方がナンセンスというか、、、 だって、死んだ人は生き返らないもん。 生まれて高校生まで生活して流された家は、同じ設計図で建て直しても絶対に同じものには ならないし、『元通り』ってどこを見て『元通り』って言うのかってところだと思うんだけど、元通 りにしなきゃならないって事も、そこに向かっていくこともなんか違うんじゃあないかなって思っ てるし。 だから、元通りにするんじゃなくて、新しい何かを作っていかなきゃならないんじゃないかなって。 多分そこ(被災地)をみて、元通りにしようと思って生活している人はいないと思 うし、言葉は違うかもしれないけど、元通りにしようと思ったら気持ちがダメになっちゃうんだと 思うんだ。 折れちゃう。 元通りにならないものを元通りにしようとしてるんだから、どんどん 気持ちにズレが出る。 それで悩んでいる人たちもいっぱいいるし。 だから『復興』と『復旧』 の線引きって難しい。 人それぞれラインは違うし。 一般には生活基盤が成されたら『復旧』 ってすることが多いんじゃないかな? それで言ったら、『復旧』だってまだまだなんだよね。 まだ仮設住宅に居る人がたくさんいる。 その時間が長ければ長いほど、気持ちにズレ出てく るから、どんどん難しくなっていくね。」



― 東北ライブハウス大作戦がスタートして、全国のライブハウスやバンドから機材の提供や 募金が届いたり、2012 年3月からは「木札作戦」がスタートしたりして、たくさんの支援が集ま ったと思いますが、今、現段階で東北ライブハウス大作戦が一番必要としてるものはなんで しょうか?



「行動。皆が動いてくれることが一番大切。 ライブハウスに行ってくれるのが一番いい。 そ れは東北ライブハウス大作戦でできたライブハウスにというのはもちろんあるんだけど、自分 の家の近所のライブハウスでもいいの。 ライブハウス自体を知らない人も行ったこと無い人 もいっぱいいると思うんだよね。 今は音楽の入口が一般にテレビとかインターネットだと思う んだけど、一番新しい発信ってライブハウスからだと思うんだよ。 生だから。 そこが発信力 としては一番早いはず。 大体そう、俺の仲間のバンドで『新曲やります!』っていってもテレ ビやネットでやるんじゃない。 やっぱ現場(ライブ)でやるのが一番最初なんだよ。 だから、 テレビやネットより断然早くて、一番確かな空間だと思うし。 だから今一番望んでいるのは、 ライブハウスに足を運んでもらう事。 で、俺のとこに今もおこずかい貯めて募金しにきてくれ る若い子が居るけど、俺は今受け取ってないのね。 『じゃあこの金で、もうちょっと貯めて、3 地域何処かのライブハウスに目当てのバンドが行くときに一緒に行ってあげて』って。 目当 てのバンドが無くても、自分の木札を見に行くだけでも、それがいくらかのインフラ整備に繋が ると思うし、まだまだ宮古や石巻や大船渡の宿泊施設は単価が高いけど、たくさんの人が行 けば単価は下がるし、単価が下がれば行く人も増える。 東北ライブハウス大作戦の本質って、ライブハウスの良さを感じて、広めて欲しいっていうのもあるから、とにかく、実際にライブ ハウスに足を運んで欲しい。」



― 実際に完成した3店舗の外装の写真を見たんですが、特に今大船渡夢商店街にある、 大船渡フリークスの仮設店舗(RACCOS BURGER OFUNATO/FREAKS)から、初めてラ イブハウスに行く人にも入り易いオープンな雰囲気を強く感じました。 僕がたまに行く渋谷 のライブハウスは、地下にあって、地下へ降りていく階段の両側の壁にはバンドの告知ポス ターやステッカーが所狭しと貼られていて、入口のドアを開けると煙草の匂いがし、天井の防 音材が剥がれているところがある等、初めて行く人が入りにくい場所になってしまっていると ころがあると個人的には思っていてます。西片さんは学生の頃初めてライブハウスに行った とき怖く無かったか、また、初めての人が入り易いライブハウスにするために何か出来ること はあると思いますか。



「入り易くするためには、ライブだけでは無くて、人が集まれるコミュニケーションスポットみた いな感覚でいいと思う。 『ライブハウスの怖いイメージ』か、、、 俺が中学生くらいで行った 時は、まだ子どもだったし、初めての場所だから、ライブハウスっていうのがどんなところなの か全く分からなかった。 多分今の若い子って、ライブハウスっていう場所で好きなバンドが (ライブを)やるっていう、ライブをするスペースとしての状態でとらえていると思うけど、俺らの 時代はケータイが無ければネットもないから情報が全くないわけね。 そんなだから、ライブハ ウスに対しての先入観がゼロで、地下へ降りて行っても全てが初めてだから、ワクワクやドキ ドキはあったけど、怖さは無かった。 で、今自分がライブハウスを作って、怖いイメージを払 しょくしようっていうのは、あんまり考えてないけど、誰でも集まれるオープンな場所にしようと いう気持ちはあって。 渋谷のライブハウスに行くのって、バンドが出るからでしょ?」



― はい。



「でも、あの田舎に東京と同じ感覚でライブハウスっていっても誰も寄り付かないって思うんだ よね。 ライブハウスもロックもバンドもマイノリティーだから。 この活動(東北ライブハウス大 作戦)って、ライブハウスに足を運んでくれる人に対しての浸透度って凄く深くて広いんだけど、 一般的に東北ライブハウス大作戦って誰も知らないしピンとこないんだよね。 ライブハウスっ てなんだよっていう人もいると思うし、東京にあるライブハウスをそのまま被災地に作っても何にもならないし誰も来ないと思う。だからこその、バンドが音楽をやるだけでは無くて、コミュニ ケーションスポットとしてのライブハウス。 ホームページにも書いたけど、俺が作りたかった のは人が集まってそこで繋がってコミュニケートできる場所。 それこそ公民館でもいいんだ けど、公民館は行政が動けば作れるから。 俺がライブハウスで育ったのもあるけど、仲間作 りの場としてのライブハウスっていう感覚。 ライブハウスは地域ごとに育っていくものだと思う から、それぞれその地域で育って欲しい。 カラオケパーティーに使われたって、それで人が 集まるなら町にも貢献できるし、ダンススクールでも誕生日会でも結婚パーティーでも吹奏楽 の発表会でもなんでもいい。 逆に何でもできる場所であってほしい。」



― これから、東北ライブハウス大作戦として継続していきたいことは何ですか?



「俺の立場からしたら、ブッキングサポート的なところだと思うけど、それもだんだん離れてい ってもいいぐらい各地の皆が頑張ってくれてるし、何回も行ってくれるアーティストも多いし。 ただ行くだけじゃなくてそこから何かを生む作業って凄く大事で、一昨年スカパラ(東京スカパ ラダイスオーケストラ)が行ったときは一日ずつだったんだけど、去年行った時は2日ずつやっ てくれて。 プラスその合間に今仮移転になったフリークスでイベントをやってくれたり、現地の 小学校でメンバーと一緒に演奏会をやったりとか、ライブだけじゃない付帯とかアイデアを持 っていくというのがアーティスト側とライブハウス側で出来つつある。今まで東北ライブハウス 大作戦はサポートしてもらう側だったから、これからは現場での経験値を活かして出来ること があればサポートもしてあげれると思う。」



― 3つのライブハウスが完成して終わりではなく、これからも東北ライブハウス大作戦は続 いていく訳ですが、「ここまでくればプロジェクトの完成」と言えるのはどのようなポイントです か?



「例えば、『僕らは石巻出身のバンドです。』ではなくて、『僕らは石巻のブルーレジスタンス出 身です。』って言って、逆に『ツアーで東京、名古屋、大阪も回る』っていう感覚で活動できるバ ンドが出てきてほしいとか、各ライブハウスで空き日が無くなって欲しいっていう希望はある。ライブハウスのオープンとか、区切りになるところはあると思うけど、東北ライブハウス大作戦 自体のゴールは全く考えてない。 ゴールは無いよ。」



インタビューを終えて、、、

石井 爽

東北ライブハウス大作戦が目指すものとは何か。ライブハウスを建てること が本質ではないことを分かっていただけたら嬉しいです。

川名 真広

西片さんから被災地への熱い思いが伝わってきて 、自分も被災地に対して何かできることをしなければいけないと思いました。

東北ライブハウス大作戦 公式サイトhttp://www.livehouse-daisakusen.com/

宮古KLUB COUNTAR ACTION(2012年8月19日グランドオープン) http://www.livehouse-daisakusen.com/MIYAKO.html

RACCOS BURGER OFUNATO/FREAKS(2012 年 8 月 18 日グランドオープン) http://www.livehouse-daisakusen.com/OFUNATO.html

石巻 BLUE RESISTANCE(2012 年 10 月 30 日グランドオープン) http://www.livehouse-daisakusen.com/ISHINOMAKI.html

RE:BIRTH STUDIO http://www.tc-tc.com/re-birth/top.php

西片 明人 (にしかた あきひと)

1968 年生まれ、新潟県出身。高校生の娘と中学生の息子を持つ二児の父であり、SPC peak performance 代表。 1986 年、高校卒業と同時にライブハウス新宿ロフトでライブサウンドエンジニア(PAエンジニア)としてのキャリアをスタートさせる。 1997年、新宿ロフトの移 転に伴い独立、2000 年に SPC peak performance を設立。 Hi-STANDARD、 BRAHMAN、ウルフルズ等、数多くのバンドを担当。2011年から、東北ライブハウス大作戦 の作戦本部長も務めている。

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